Vol.111
2024年10月号
彩の国さいたま芸術劇場は1994年の開館以来、日本でも有数の舞台芸術専門劇場として、シェイクスピア演劇から世界トップクラスのダンスやクラシック音楽まで、多彩な舞台を発信してまいりました。
このたび、蜷川幸雄前芸術監督の後を引き継ぐ新しい劇場のリーダーとして、振付家・ダンサーとして舞台や映像の分野で幅広い支持を集める近藤良平氏が、2022年4月より芸術監督に就任いたしました。
近藤氏のもと、次代の芸術表現を果敢に切り拓く創造拠点として、また社会や地域に開かれた広場として、あらゆる人々が自由闊達に交わりアートを創造・発見する劇場を目指していきます。
略歴
横浜国立大学教育学部卒業。
1996年に自身のダンスカンパニー「コンドルズ」を旗揚げし、全作品の構成・映像・振付を手がける。これまでに世界約30ヶ国で公演を行い、NYタイムズ紙で高く評価される。渋谷公会堂公演が即日完売、また結成20周年を記念したNHKホール公演でも即日完売、追加公演を行うなど、日本のコンテンポラリーダンスでは異例の躍進を遂げる。NHK教育『からだであそぼ』内「こんどうさんちのたいそう」、『あさだ!からだ!』内「こんどうさんとたいそう」、NHK総合『サラリーマンNEO』内「テレビサラリーマン体操」振付出演、NHK連続テレビ小説『てっぱん』、NHK大河ドラマ『いだてん』振付など、親しみやすい人柄とダンスで幅広い層の支持を集める。野田秀樹作・演出による演劇作品や前田哲監督、三池崇史監督の映画、テレビCMなど、多方面で表現者として活躍。
0歳児からの子ども向け観客参加型公演「コンドルズの遊育計画」や埼玉県との共働による障害者によるダンスチーム「ハンドルズ」公演など、多様なアプローチでダンスを通じた社会貢献にも取り組んでいる。
立教大学、東京大学などで非常勤講師を務めるほか、全国各地で公演やワークショップを行っている。第4回朝日舞台芸術賞寺山修司賞受賞、第67回芸術選奨文部科学大臣賞受賞、第67回横浜文化賞受賞。愛犬家。
新体制のテーマは「クロッシング」
「クロッシング」という言葉には、〈多彩なアーティストがクロス〉、〈多様な人々がクロス〉、〈地域あるいは地域間でクロス〉という、3つの“クロス”の意味が込められています。さまざまなジャンルのアーティストが刺激を与えあい、交わり合うことで新しい表現を生み出したいと考えています。そうすれば、お客様も関心のあるジャンル以外にもいろいろな表現に触れ、楽しみが広がることになるでしょう。そして地元であるさいたま市、県内各地の自治体や公共ホール、学校、文化団体、全国の公共劇場やホールとも繋がって、刺激的な創造の交換ができればと考えています。
ジャンル・クロスが
舞台芸術を強く、面白くする
就任後1本目の作品は、長塚圭史さんとのコラボレーションとなる『新世界』です。長塚さんと組むこと自体が“クロッシング”で、ダンス・演劇・音楽、さまざまな「声」が聞こえてくる舞台になりそうです。就任後初の作品ですから、「エンジンかけてやっていくぞ」という決意表明のような公演になればと考えています。そして7月の作品は松井周さんが脚本を書き下ろし、私が演出します。不条理劇テイストのお芝居を考えていて。意外に思われるかもしれませんが、僕の中では不条理劇は親近感を覚える世界観なんです。出演者も少なく、ミニマムな空間で、五感で感じさせるような実験的な作品を構想しています。
6月は毎年恒例のコンドルズ新作です。コンドルズ自体がジャンル・クロスそのもの。これだけバリエーションの豊かな人間が揃っていますから、観客にとって自分を重ねる人間が必ず一人はいるはずです。「世の中にはいろんな人がいるんだな」と感じながら、共感していただければと思います。
埼玉に根をはり、
日本全国へもつながる
埼玉から全国への発信は今後も継続したいと思っています。これまでもシェイクスピアや藤田貴大さん(マームとジプシー)の作品を全国の公共劇場で巡回してきました。埼玉で生まれた舞台を全国に持っていく、さらには新しい公共劇場間連携のあり方を探りたいですね。《地域とつながる》という意味では、8月、昨年に引き続きオープンシアター企画『ダンスのある星に生まれて2022』を開催します。このオープンシアターのコンセプトは「子ども目線で劇場の楽しさを感じてもらいたい」なんです。劇場全体で多種多様なダンスの在り方を紹介し、劇場や舞台芸術を身近に感じてもらいたい。屋外でマルシェを開催したり、最寄りである与野本町駅からの道のりでも、地域を巻き込んで面白いことができればと思っています。
劇場休館期間(2022年10月~2024年2月)は、劇場から外に飛び出すキャラバン企画『埼玉回遊』がスタートします。休館中は埼玉会館(浦和)を拠点にしつつ、県内各地をアーティストが訪れて地域文化の掘り起こしを試みたり、その土地の人々と一緒に作品を発表する企画も考えています。劇場が再オープンした時の新たな筋力をつけるための、大事な事業です。
劇場が積み上げた経験を
引き継ぎ拡張する
蜷川幸雄前芸術監督のつくりあげたレガシー、彩の国シェイクスピア・シリーズに関しては、37作品完結後も、シリーズの芸術監督である吉田鋼太郎さんと新しい展開を相談しています。挑戦的な試みができる劇作家や演出家とも、仕事をしていきたいと考えています。また新たに、「さいたまゴールド・シアター」、「さいたまネクスト・シアター」のような高齢者や若者に限らず、あらゆる世代、有名無名にこだわらない表現者を集めたゆるやかなグループの活動を構想中です。皆で未だ見ぬ表現を探していきたいんです。さまざまな人が「クロッシング」することによって、小さな共同体のような活動ができればと考えています。
今後のダンスに関しては、「ダンスのさいたま」をつくってきた理由の一つである海外のアーティストやカンパニーの紹介はもちろん続けていくべきだと思っています。また、これまでも若手ダンサーを対象にした育成ワークショップや中堅アーティストのクリエイション、ダンスの枠を超えた実験的な創作プログラムも展開していますが、私自身も「ジャンル・クロス」の視点を取り入れたクリエイター育成に挑戦していきたいです。
そしてこの劇場は音楽ホールも素晴らしいんです。アコースティックな音響や温かみのある空間を生かしたバッハ・コレギウム・ジャパンや若い気鋭アーティストを起用したピアノ・エトワール・シリーズなどのラインナップを今後も続けていくとともに、他ジャンルとのクロス企画も工夫していきたいと思います。
劇場は、アーティストであれ、地域の人々であれ、芸術的な探求をしたい人たちのサンクチュアリ(保護区)のはずなんです。一歩劇場に足を踏み入れれば「作っていいんだ、表現していいんだ」と思える……そんな場になればうれしいですね。散歩のついででもいいから、誰もがふらりと立ち寄れる劇場にしたいんですよね。そのためには舞台だけではなく、劇場自体がワクワクするような仕掛けを工夫しないといけないと思っています。
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